• 201703 « 
  • 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 
  • » 201705

[Edit]

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Pagetop

[Edit]

  • 2011-03-20│
  • Category:日記

震災のあと

こんにちは。

まずは、お見舞いのコメント、メールいただきまして
ありがとうございます。

お一人ずつコメント返したいのですが、
こちらの記事でお礼に代えさせて
下さい。

ほんとうにありがとうございました。

私はとても元気です。
しっかり食べれますし、しっかり寝てます。
余震でしょっちゅう起きますけど(怖

震災から間もなく10日です。

物資が届き始め、こちらでもお店の
品物の供給も緩和され始めました。

でも、まだまだ元に戻るには時間が
かかりそうです。

昨日は、開店前にスーパーに二時間半並んで
一人○品までという制限がされていました。

納豆、油揚げ、食パン、牛乳、乾麺などは
前の方に並んでないと買えません。
カップ麺や卵はお一人様一個まで。
自販機のジュース類もとっくになくなりました。

コンビニも軒並み閉まっています。

買い物がこんなに大変だなんて、、、

今まで当たり前だと思っていたことが
今はこんなにも難しい。

仙台中心部は、だいぶ品数が揃ってきて、
こちらよりは買いやすくなってきたみたいですが
(それでも行列は必須)、ガスは仙台市全戸で一ケ月以上は使えません。

下水道も津波による損壊が大きく、完全復旧するまでは
2、3年かかると新聞に載っていました。

少し車で出かけると、水を汲みに歩いてる人たち、
災害派遣の自衛隊の車、給水車が走る
光景も普通になってきました。
ヘリも毎日飛んでます。

これまでも、仙台は宮城県沖地震など
記録的な大きな地震を
何度か経験しました。

でもやっぱり、今回は甚大過ぎます。

まさか、仙台がこんな風になるなんてとまだ信じられません。

お店の閉店も早いし、食材の買い物だけで一日仕事です。

ガソリン不足も相変わらず深刻です。
早朝5時から並んでも、給油するのが午後とか、
順番がくる前にもう閉まってしまったりします。

今では、夜のうちから車で並んで、その場に車を置いてくるという人も増えてます。

行列が町内一周してたり、、、。
凄いです、、、。

卒業式も入学式もなくなった学校も少なく
ないです。

車よりも徒歩や自転車で行き来する人が多くなりました。

こちらに親戚や実家がある人たちも来ているみたいです。


今日はお彼岸なので、お墓参りに行きましたが、
お花を買うのも一苦労。

お墓も、墓石、お墓を囲むコンクリート、
お寺の大きなお地蔵様が倒れたり、
割れたりの大変な被害です。

お風呂も、ガスが止まっているので
未だにちゃんと入れていない人が多いです。


昨日、一緒に買い出しに行った友達と

「マックたべたいよねぇ」

と言い合っていました(笑
密かな願いです。


いつになるのかな。




そんな中、レッスン再開をいつにするか、
判断に悩みます。

幸い、生徒さん全員が無事なのがわかったので
よかったですが、
やはり、ショックが大きい方もいらして、慎重に思案しているところです。

レッスン室も、クロスが何ヶ所も縦に
破れてました。
ピアノも少し動いたかなぁ。
楽譜を収納している書棚も、あんなに重いのに10センチ近く動いてました。



まずは一日一日大切に過ごそうと思います。


そして、新しく始めるんだ!



iPhoneからの投稿

Pagetop

[Edit]

東日本大震災

昨日配信したメルマガです。↓



こんにちは。

marbleです。

3月11日、仙台市内で被災しました。

私も家族も無事です。家も外壁が崩れ、中もいろいろ散乱しましたが
大丈夫です。

自宅で復興を待つ日々です。

楽譜を買っていた最中に揺れて、これまでに経験
したことのない揺れが3分ほど続きました。
知らない音楽教室の先生たちと腕をつかみ
あって外の駐車場で伏せていました。
揺れている最中に店内の電気が消え、
おさまるどころかどんどん強くなる揺れに
本当に恐怖を感じました。

その後、車で自宅へ戻りましたが、信号が消え
ているので15分程で帰れる距離を一時間以上かけて
やっと帰れました。

4日間、夜はロウソクで過ごしました。
現在はうちではライフラインは復旧しています。

それまで情報がなく、電気がついてから
テレビで見た光景に
目を疑いました。

海辺とはいえ、津波が入るとは思ってなかった
聞き馴染んだ地域の変わり果てた姿に
絶句しています。

買い出しに並んでいる時に、南三陸町からはるばるきた
ご夫婦に会いました。
ご自宅は津波に流されてしまったそうです。

家があり、暖がとれるだけ幸せですが、
報道のとおり、ガソリンが入れられなくて
どこにも出かけられません。
開いてないのに、開く可能性を待ってガソリンスタンド
の前にはすごい行列ができています。

今あるものでの生活がどこまで続くのか、とても
不安です。
被災地が優先ですから、燃料がこちらに
回るまで自力で過ごさなければいけません。

家があっても、水が出ないところが多いです。
震災以来、お風呂に入っていないご家庭が
圧倒的です。
毎日、子供たちが給水やスーパーに並んで
その日暮らすために、家族で協力しあっています。
お父さんお母さんたちは、そうして仕事に出かけています。
うちの兄は、職場が遠くて燃料が少なく出勤できません。

ガスも復旧するまで一ケ月以上かかるそうです。

給水には、車が必要な地域も多いです。
うちは幸い水は出ますが、スーパーが遠く、車に頼らざるを得ません。
でもガソリンの残量を気にしながらの外出です。

津波の害を受けなかった地域は、見た目には震災前とは
変わらりませんが、生活は一変しています。

いろんな方面からの救援物資、義援金を募る
動きがあると聞きます。
そして、計画停電など、日本中の方に支援
いただいています。
本当に本当にありがたいです。

ですが、なかなか被災地に物資が届かないそうです。

家があり、燃料があれば経済活動ができる
私たちも早く社会復帰して、被災地の力になれるように、
不必要なまとめ買いを控えていただき、日本のためにも一日も早い復興をしなければと思っています。

正直、こう書いていても不安でいっぱいです。

雪も降っています。道路に積雪がすごいです。
灯油を節約するため、うちの中でも、
厚着して暖房はなるべくつけないように、
そして無駄な電力を使わないように生活しています。

どうか、私たちのような人たちがたくさんいることも
知ってもらえればと思います。

現在、ネットを使っていないので、携帯からの配信です。



iPhoneからの投稿

Pagetop

[Edit]

  • 2011-03-04│
  • Category:日記

音楽の力

こんにちは。

皆様からのお悔やみ、励ましの言葉をたくさんいただき
ありがとうございました。
本当に慰められました。

相変わらずふとした瞬間に悲しくて涙がこぼれる自分と
前のような生活に戻ったような心境に近いくらい元気にすごせる自分とが
混在した毎日です。

仏の道に旅立つ父を認めてちゃんと見送ってあげようと思う気持ちと
どうしてこんなに早く逝ってしまったんだろう、できるなら帰ってきてほしい
という気持ちも混じっています。

人の心って、正反対の感情でも同時に存在することができる
んだなと、なんだか居心地が悪い気分です。

音楽を教える身でありながら、こんなことを言うのは
どうかと思いますが、

『人間、悲しみの淵にいるときには、音楽は何の救いにもならない』

と改めて感じています。

これには語弊があるかもしれません。

でも、私は今ピアノは教えてはいるけれど、
自分でピアノを弾こうという気持ちにはまだなれないし、
家のどこにいても、音楽は聴いていません。
車の中では、ラジオすらつけられません。

友人からもらったメールで

「また頑張ろう。音楽は力だから」

というメッセージをもらいました。

音楽に癒され、音楽からパワーをもらうには、受け手が
心の中にそのスペースを作れるようになってからだと思うのです。

何年も前になりますが、悲しい経験をしたことがありました。
そのときも、「ピアノが弾けたって何にも救われない」
なんてやっぱり思いました。

でも、その頃仕事で出演したコンサートがあり、傷心まっただ中で
私はピアノ+サックスで出演しなければならないことがありました。
プログラムの中にフルートとリコーダーピアノのアンサンブルがあった
のですが、その音色を聴いていたら、
涙を止めるので必死になるくらい胸に迫ってきました。

お客さんとして見ていたのなら、遠慮なく泣いていたと
思います。

すごく心に染みて、歌詞もないのに旋律と音色の美しさに
本当に癒されました。そして悲しみも湧いてきました。

まだそのときは音楽を必要とするスペースが私には
あったんだろうなって今は思います。


今の私にはまだないみたいです。

だけど、生徒には「音楽は力になる」ということを
自分の経験を含めて教えていければいいなと思っています。

それをどうやって教えるかは、これから私が経験して
気づくことなんじゃないかと思います。

私はどんな風に音楽を力にする方法を知るんだろう。

少しだけ楽しみになってきました。

メルマガも復活してます。
原稿を書きためていますのでどうぞよろしくお願いします。

メルマガの登録はこちら






Pagetop

[Edit]

  • 2011-03-02│
  • Category:日記

元気をもらう

レッスン復帰して一週間。

それまで2週間お休みをもらっていました。
前日まで、果たしてまた前みたいにやれるんだろうか?
今この状態で、笑ったりテンションあげたりできるんだろうか?
と不安でいっぱいでした。

復帰するぞ!っていう気持ちよりも、復帰する日になっちゃったから
やらなきゃいけない、という気持ちで復帰の日を迎えたに
すぎない状態でした。

でも、レッスンになったら「泣かない」というのは決めていました。

やっぱり仕事とそれは別にしないといけないし、
何よりも泣いてしまったらそこから気持ちを立て直して
レッスン続行するなんていうことは私にはできないからです。

お母さんたちは暖かい言葉をかけてくれました。

「先生、無理しないで休んでいいからね。そのときはまた
 ○○(お子さんの名前)と待ってるから!」

と言われた時は、さすがにきました。

復帰するんだ!という気持ちにぐいっと引っ張られたのは

ある幼稚園児の生徒さんのお母さんに

「このお休みの間にできることと言ったら、子供にピアノの練習をいっぱいさせて
 先生に上手になった姿を見せることくらいしかできないと思って、、
 どんなにか気落ちしてるか、、、元気を出してもらおうと思って」

と涙を流してくださいました。

その子はレッスン室に入って早々、

「はやくピアノがひきたい!いっぱいれんしゅうしたんだ!」

って言ってくれて、近頃は少しピアノよりも遊びに夢中な子だったので
その言葉にあれ?と思い、ほんとに上手になっていたので
すごくほめてあげたところでした。

まさか、そんなお母さんの配慮があったなんて、、
私はその子に、

「先生、すっごく元気が出たよ。ありがとね!」

と笑顔を作って言いました。

まだそういう思いに応えられるかわからないけど、
元気をもらうとはこういうことなんだなって知りました。

「進むしかない」

今はこのことしか頭になく、淡々と毎日を過ごすことだけ
考えていますが、そういう元気をもらいながら、自然に元気が
わき上がるのを待とうと思っています。



Pagetop

[Edit]

父のこと

ブログお休みしていてすみません。

今月始め、私の父が亡くなりました。

病院から退院し、今月から自宅介護の生活が始まることになっていて
父の介護を家族で協力してやるために、
ブログ更新を一週分、メルマガは今月の分をまとめて
予約投稿してありました。

その間に父が急変し、息を引き取りました。
去年からガンで闘病していました。まだ60代で逝ってしまいました。

こんなにもあっという間に人の命を奪ってしまうガンという病気の恐ろしさ
に私たち家族は打ちのめされました。

一年前は、大きな病気もしたことないすごく元気な父で
自分たちには関係ないと根拠なく思っていた病名の宣告のときの
衝撃は今でも昨日のことのように覚えています。

父も家族も最期まで生きるつもりで頑張っていました。
家族も余命を宣告されても、生きる道があるはずだと思って
治療していました。

そんな父が、亡くなる数日前に、父の胸の内や、家族への思いを
うわ言のように語り始めました。

父の悔しさ、ガンに勝てなかった悔しさ。
ただまじめに家族を守るために生きてきたのに。
これしか生きられなかった。

私には、ピアノ教室をここまでよく頑張ってきたなぁ、
子供に文化を伝えて行くことは大変なことだ、よく1人で
やってきたなぁと言ってくれました。

私は涙が止まらなくなり、隣で聞いていた母も泣いていました。
たくさんたくさん、家族への思いをいつまでも話していました。

その後、退院して自宅療養となりましたが、
普通に会話はできていたものの、痛みがひどくなっていましたが
それでも一生懸命生きようと毎日頑張っていました。

これしか生きられなかったって言ってた父だけど
治そうという姿勢は最期まで崩しませんでした。
弱音も一切言いませんでした。

私は、生徒へのレッスン、私が通っているレッスン、
バンド活動、ブログ、メルマガなど、辛い時もありましたが
続けていました。
それは、なるべく普段通りにしていたかったのと、父があんなに
頑張っているんだから、私も頑張らなくてはという覚悟で
やっていました。

今私がこうしてピアノ教室をやれたのも、父の理解があった
からこそです。
レッスン室を作ってくれたり、私が気が回らないようなレッスン室の
設備など、生徒さんのためにいろいろ作ってくれたのも父です。
何よりこういう生き方を選択した私のことを認めてくれました。

父の棺には、父が今まで見てきた風景を写真に撮って入れて
あげようということになり、兄がレッスン室の写真も撮ってきてくれました。

まだ父にこれからは空から見守ってね、という気持ちにまで整理は
ついていません。
親を亡くすことが、こんなに辛いことだったなんて知りませんでした。

いろんな方から励ましをいただき、頑張らなきゃと思いますが
でもまだ死んでほしくなかった、病気を治してあげたかった
という思いが強いです。

先週から仕事復帰しました。
生徒さんから、お悔やみをいただいたり、一緒に泣いてくださったり
まだ完全復帰にはなっていませんが、今日からは仕事と割り切って
レッスンの間はしっかり勤めたいと思います。

ブログの更新も復帰しますが、当分はメルマガを週一で配信してい
くつもりなので、そちらで記事の方を読んでいただければ
と思います。

メルマガの登録はこちら

お休みしていた間、読者登録してくださった方にも
改めて読者登録に伺いますのでよろしくお願いします。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


Pagetop


本サイトはこちらです☆

☆Piano Life~ピアノ教室を開こう~

marble

Author:marble
プロフィール

にほんブログ村 音楽ブログへ
にほんブログ村

☆リンクしていただけるブロガーさん募集中です☆

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

twitter

フォローお待ちしています。

Amazonで今すぐ検索

欲しい楽譜・CDはこちらで☆

最近のトラックバック

ご訪問ありがとう

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。